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グローバルダイニングの訴訟は、バンクシーが風刺画を描き、尾崎豊が自由を歌ったようなもんだ

グローバルダイニングの訴訟は、バンクシーが風刺画を描き、尾崎豊が自由を歌ったようなもんだ

おもに首都圏で、飲食店のモンスーンカフェやカフェ・ラ・ボエムを運営するグローバルダイニングが「時短要請は違法」として、東京都を訴えました。

この訴訟について、グローバルダイニングは損害賠償請求ではないと言っていますが、では一体何を狙っているのでしょうか?

社会風刺アートで有名なバンクシーと、社会や大人たちへの反抗を歌った尾崎豊から、グローバルダイニングの訴訟を考察します

“落書き”で社会を斬り続けるアーティスト、バンクシー

まず、バンクシーについて、説明不要かもしれませんが解説します。

バンクシーはイギリスを拠点とする匿名のアーティストです。社会や権力を風刺した作品を描くことで知られていて、世界各国で開かれたバンクシー展は、100万人以上もの観客を動員しています。

日本でバンクシーを知られるきっかけになったのは、2018年10月5日に老舗オークション会社サザビーズが開催したオークションでの出来事ではないでしょうか

このオークションに、バンクシーの「風船と少女」という作品が出品されていました。

世界中で有名になっているバンクシーの絵です。セリでどんどん金額は吊り上がり、104万2000ポンド(およそ1億5000万円)の金額で落札されました。

ところが、落札の鐘が鳴った瞬間に、絵の額縁に仕込まれていたシュレッダーが作動し、絵が裁断されてしまったのです。

その様子は、あっけにとられるオークション参加者の表情と共にあらゆるメディアで放送され、「投機対象として金だけが積まれていく、オークションビジネスへの批判」を示唆したバンクシーの名は、更に世界へ轟くこととなりました。

バンクシー公式HPより

バンクシーはアーティストとして作品を作り続けて、資本主義や社会の在り方を批判しています。

社会や大人たちへの反抗を音楽にした、尾崎豊

次に、尾崎豊についてです。40代50代の方にはなじみ深いアーティストだと思いますが、解説します。

「卒業」や「15の夜」などのヒット曲を世に送り出し、1992年に26歳の若さで亡くなった尾崎豊。彼の曲には、学校教育や社会や大人たちへの反発が込められ、死後30年近く経った今でも、幅広く支持されています。

1985年に「卒業」がリリースされた時は、“夜の校舎窓ガラス壊して回った”“先生あなたはか弱き大人の代弁者なのか?”と言った過激な歌詞と、校内暴力や偏差値教育など学校教育がひずんできた時代背景が重なり、瞬く間に注目を集めました。

若者たちが抱えていた窮屈な思いを、そのまま歌詞にしてメロディーに乗せ、力強く歌い上げた尾崎豊に若者たちは熱狂し、大人たちは眉をひそめたのです。

ある学校では、尾崎豊の曲を聞くことを禁止しようとした学校もありました。盗んだバイクで走りだしたり、校舎の裏で煙草を吹かしたりするので、教育上よろしくないと判断されたのです。言いたい気持ちは分からんでもないですけど、あくまで歌なんですが。

そんな尾崎豊の「15の夜」は、自我の目覚めの見本として、2003年から倫理の教科書に掲載されていますから、何がどうなるか分からないものだと思います。

ただ尾崎豊は社会の在り方を批判し、自由を音楽で表現していたのです。

グローバルダイニングは、何を訴えているのか?

ではグローバルダイニングは、一体何を訴えているのでしょうか?

休業による損害賠償請求は、1店舗当たり、1日1円。合計104円だそうです。訴訟費用や弁護士費用の方が、高くついてしまいます。

3/22の会見で長谷川耕三社長は、損害賠償が目的ではなく、時短命令の違憲性・違法性や法的な根拠や科学的な根拠があいまいなまま飲食店営業を一律に制限することの是非、過剰な規制や改正特措法の違憲性について問題提起すると話されています。

つまりグローバルダイニングの訴訟は問題提起であり、虐げられている(と思っている)飲食店の反旗の声なのです。

バンクシーが落書きで社会を風刺し、尾崎豊が自由を歌ったことと同じ構図です。訴訟ではありますが、本質は世の中に何かを問いただす、アーティスティックな行動だと感じます。

勝ち負けではなくて、作品としての訴訟

グローバルダイニングの訴訟について、テレビやSNSのコメントを見ると、実際に時短要請は違法性があるのか、グローバルダイニングが勝てるのか負けるのかといった内容が多く見られます。

しかし、今回の訴訟において、勝ち負けで一喜一憂する必要があるのでしょうか?

グローバルダイニングの訴訟、バンクシーの絵や尾崎豊の曲と同じです。バンクシーや尾崎豊が、自分の作品で勝ち負けを意識したのでしょうか?

おそらく、勝ち負けの意識は無いと思います。勝ち負けではなくて、社会の在り方や資本主義、教育制度や息苦しさに戦い挑むことを、作品として世に出したのだと思います。

グローバルダイニングの行動は、訴訟の形をした、企業のアーティスティックな活動で、勝ち負けで論じる内容ではないように思います。

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